【2837】 ○ 山本 博文 『「忠臣蔵」の決算書 (2012/11 新潮新書) ★★★★ ( ○ 中村 義洋 (原作:山本博文) 「決算!忠臣蔵 (2019/11 松竹) ★★★☆)

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「忠臣蔵」を「経済的側面」から分析したのはユニークな視点。

「忠臣蔵」の決算書 新書3.JPG「忠臣蔵」の決算書  .jpg これが本当の「忠臣蔵」 (小学館101新書.png 決算!忠臣蔵1.jpg 決算!忠臣蔵2.jpg
「忠臣蔵」の決算書 ((新潮新書))』['12年]『これが本当の「忠臣蔵」 (小学館101新書―江戸検新書)』['12年] 映画「決算!忠臣蔵」['19年]

 従来は「武士の倫理観」という視点で分析されがちだった「忠臣蔵」を、その倫理観の陰に隠れて見過ごされがちな「経済的側面」から分析した本。主君の刃傷事件によって藩がお取り潰しになった際、旧藩士はどの程度の退職金を得たのか、浪人生活の苦しさとは具体的にどのようなものだったのか、生活費に窮した時はどうしたかなどについて書かれています。好評だった前著『これが本当の「忠臣蔵」』('12年4月/小学館101新書―江戸検新書)から、「忠臣蔵」の経済・財政面にフォーカスし、深堀りしたものとも言えます。

決算!忠臣蔵640.jpg 新潮ドキュメント賞を受賞した歴史学者・磯田道史氏の『武士の家計簿-「加賀藩御算用者」の幕末維新』('03年/新潮新書)が、森田芳光監督、堺雅人主演で「武士の家計簿」('10年/松竹)として7年超しで映画化され、同じように小説ではない本書もこの度、「殿、利息でござる!」('16年/松竹)(これも原作は磯田道史氏)の中村義洋監督、堤真一主演で「決算!忠臣蔵」('19年/松竹)として7年超しで映画化されました(中村義洋監督自身による小説化作品がある)。

 本書で何よりつぶさに書かれているのが、最終的に四十七士が吉良邸討入りというプロジェクトを遂行するにあたって、相談や指示伝達のための江戸―上方間の旅費、江戸でのアジトの維持費、その間の生活費、さらに討ち入りを実行するための武器の購入費など、その諸費用をどう賄い、また支出していったかです。

 本書の記述のベースとなっている大石内蔵助が遺した『預置候金銀受払書』をはじめ、お取り潰し後の赤穂藩の財政に関連する資料は結構あるのだなあと。『武士の家計簿』は、磯田道史氏が2001年に神田神保町の古書店で見つけた古文書がベースになっているのに対し、これら赤穂藩の資料は従来より一級資料であって新発見資料ではなく(前著『これが本当の「忠臣蔵」』の方は、2011年末に著者自身が鑑定した新発見の史料「茅野和助遺書」の内容が反映されているが)、ただ、今までそうした「経済的側面」から「忠臣蔵」を分析することは殆どされてこなかったようです。その意味では、本書はやはりユニークな視点に立つと言えます。

 まず、御家再興を図るか討入りをするかを決める前に、籠城か開城かという決断があり、開城をすることで、今度は藩士に割賦金(退職金)を払うことに。割賦金の額(米を含む)は、すでに支給されていたその年分の米を加えると19,619両で、現在の価値にして23億5,000万円、約300名の藩士に一人平均780万円ほどが支払われたというから、それだけもう結構な大金が動いたのだなあと。

 そうすると、御家再興や討入りのために用意できた残りの金額(軍資金)は691両、8,292万円になり(全資産からみれば殆ど残らなかったということか)、そのほとんどは藩の「余り金」と浅野内匠頭の正室・瑤泉院の「化粧料」(嫁入り持参金)だったようです。この「軍資金」が討入りの計画・準備・実行にどのように使われたかが『預置候金銀受払書』に沿って諸々解説されているのが本書の中核となっています。そして、最終的な使用内訳は、次の通りとなっています。

 仏事費  127両3分  18.4%
 御家再建工作費 65両 9.4%
 江戸屋敷購入費 70両 10.1%
 旅費・江戸逗留費 248両 35.6%
 会議通信費  11両 1.6%
 生活補助費 132両1分  19.0%
 討入り装備費 12両 1.9%
 その他   31両1分2朱  4.2%

決算!忠臣蔵ロード.jpg 映画化作品は、堤真一演じる大石内蔵助に加えて、岡村隆史演じる(本書にもその名がある)勘定人・矢頭(やとう)長助をダブル主人公にし、諸経費を現在の金額に置き換えて、その時々でいくらかかったかをユーモラスに分かりやすく解説していました。内蔵助が武器輸送に際して危機に陥る「大石東下り」の段もなければ、瑤泉院が内蔵助と別れた後でその真意を知る「南部坂雪の別れ」の段もない「忠臣蔵」ですが、そうした後世の作り話はこの際入れなくて正解でした(石原さとみが瑤泉院を演じていて、討ち入り直前に内蔵助の勘定報告は目にするが、袱紗に包んだ紙包みを開けるとそこには「討入同志連名血判状」の題字が...といった「忠臣蔵」お決まりのシーンはない)。

決算!忠臣蔵ges.jpg ずっとコメディタッチできていたので、個人的には、途中で矢頭長助を大石内蔵助の代わりに死なせることをしなくてもよかったのではないかと思います(絶叫型の演技が多い中で、岡村隆史のぽつりぽつりと喋る演技は効いていた。矢頭長助をヒーローにしないと気が済まなかったのか?)。史実では矢頭長助は病に伏して1702(元禄15)年9月に45歳で亡くなっており、その年の討入りには息子の矢頭教兼(のりかね)が加わっています(教兼が切腹した時の年齢が18歳で、四十七士の中では大石主悦の16歳に次いで若かった。美少年とされ、討入り後い世間に「義士の中に男装の女がいた」という噂話が流れたとも伝わる)。

決算!忠臣蔵s.jpg 映画では"討入りプロジェクト"は終盤、討入り装備費の試算の段階で、あの武器も必要、この防具も必要と喧々諤々やっているうちに赤字見通しになり(つまり資金不足になったということ)、それが、吉良上野介が確実に在宅している日が事前情報として分かったことで、討入りが当初予定より3カ月早まり、それだけ家賃等生計維持費が浮くことになって、何とか「予算内で」討入りができるようになったという流れになっていますが、先の軍資金の資質配分を映画と突き合わせてみると、討入り装備費は全体の2%弱で、その前の旅費・江戸逗留費などの支出の方がずっと大きかったことがわかります。この支出配分を念頭に置いて映画を見てみるのも、なかなか面白いのではないかと思います。

堤真一(大石内蔵助)/岡村隆史(矢頭長助)
決算!忠臣蔵ド.jpg決算!忠臣蔵ード.jpg「決算!忠臣蔵」●制作年:2019年●監督・脚本:中村義洋●製作:池田史嗣/古賀俊輔中居雄太/木本直樹●撮影:相馬大輔●音楽:髙見優●時間:125分●出演:堤真一/岡村隆史/濱田岳/横山裕/荒川良々/妻夫木聡/大地康雄/西村まさ彦/木村祐一/小松利昌/決算!忠臣蔵images.jpg沖田新宿ピカデリー1.jpg裕樹/橋本良亮/寺脇康文/千葉雄大/桂文珍/村上ショージ/板尾創路/滝藤賢一/笹野高史/竹内結子/西川きよし/石原さとみ/阿部サダヲ●公開:2019/11●配給:松竹●最初に観た場所:新宿ピカデリー(19-12-16)(評価:★★★☆)●併映(同日上映):「屍人荘の殺人」(木村ひさし)
石原さとみ(瑤泉院)
「決算!忠臣蔵」創刊図.jpeg
   
山本博文(2020年3月没)ガジェット通信」(2019.11.26)より  竹内結子(2020年9月没) 大石りく役 in「決算!忠臣蔵」
映画『決算!忠臣蔵』原作者・山本博文.png  竹内 結子 決算忠臣蔵.jpg


Eテレ「先人たちの底力 知恵泉」
山本博文 eテレ 知恵泉.jpg山本 博文(東京大学史料編纂所 教授)(1957-2020.3.29/63歳没
1990年、『幕藩制の成立と日本近世の国制』(校倉書房)により、東京大学より文学博士の学位を授与。1991年、『江戸お留守居役の日記』(読売新聞社)により第40回日本エッセイストクラブ賞受賞。江戸幕府の残した史料の外、日本国内の大名家史料を調査することによって、幕府政治の動きや外交政策における為政者の意図を明らかにしてきた。近年は、殉死や敵討ちなどを素材に武士身分に属する者たちの心性(mentality)の究明を主な課題としている。主な著書に、『徳川将軍と天皇』(中央公論新社)、『切腹』(光文社)、『江戸時代の国家・法・社会』(校倉書房)、『男の嫉妬』(筑摩書房)、『徳川将軍家の結婚』(文藝春秋社)『日本史の一級史料』(光文社)などがある。

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